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2006年5月、ドイツを旅行したときの写真集です。
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マインツはライン川とマイン川の合流点に開けた町。 グーテンベルクの生地で印刷技術博物館がある。
(2006年5月26日撮影)
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マインツの船着場(左岸)。 これからいよいよラインクルーズに出発する。
(2006年5月26日撮影)
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船内はほぼ満員。 対面テーブルに座ってビールやワインを飲み、食事をしながらラインクルーズを楽しむ。
地元のドイツ人が多い。
(2006年5月26日撮影)
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数字518は上流のスイスの町バーゼルからの距離(km)を示す(右岸)。 あいにく雨になった。
(2006年5月26日撮影)
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ラインの真珠とも呼ばれる町(右岸)。 ワインが名産。 ここから乗船する観光客も多い。
(2006年5月26日撮影)
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大小の観光船が行き交う。
(2006年5月26日撮影)
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1221年頃関所として建てられた(右岸)。 有名な城や大きな町が見えると、ドイツ語と英語の船内放送の解説がある。 ローレライのある右側の窓際に席を取ったので、左側はデッキに出ないと見ることができない。
(2006年5月26日撮影)
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ラインの中洲にある。 カウプは中部ライン地方で最大のぶどう畑を有する町(右岸)。
(2006年5月26日撮影)
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妖精の岩(右岸・写真左)は一瞬のうちに通り過ぎた。 この写真は下流から見たもの。 船内に『ローレライ』の曲が流れ、乗客皆で合唱する。
(2006年5月26日撮影)
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ブラウバッハの町(右岸)の山上にそびえる。 高さ150m。
(2006年5月26日撮影)
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ブラウバッハ付近。
(2006年5月26日撮影)
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ブラウバッハの対岸(左岸)にある。 13世紀の基礎の上に、イギリス風の城が1823年に建てられた。
(2006年5月26日撮影)
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シュトルツェンフェルス城と町並み(ライン川)
(2006年5月26日撮影)
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父なるライン川に母なるモーゼル川が合流する町。 古代ローマ人はこの2つの川の合流点を『コンフルエンテス(合流)』と呼んだ。 これが地名の起源となった。
(2006年5月26日撮影)
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都市間特急IC2115に乗り、ハイデルベルクに向かう。 自転車を引いて乗車する人が多い。
(2006年5月26日撮影)
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ライン川の左岸を走り、コブレンツからマインツを経てハイデルベルクに向かう。 列車は一瞬のうちに通り過ぎた。
(2006年5月26日撮影)
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最初の木造の橋は1786年から1788年にかけて造られた。 その後洪水や戦禍により破壊され、現在の橋は9代目になる。 ホテル・ホレンダーホーフの窓から望む。
(2006年5月27日撮影)
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マルクト広場付近。 バス1台に数十種類ものチーズが並べられている。
(2006年5月27日撮影)
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マルクト広場付近。
(2006年5月27日撮影)
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ビスマルク広場付近。 これからテオドールホイス橋を渡り哲学者の道に向かう。
(2006年5月27日撮影)
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両側には閑静な家並みが続く。
(2006年5月27日撮影)
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哲学者の道から望む。 ゲーテをはじめ多くの哲学者・詩人・音楽家がこの道を歩いて思索に耽った。
(2006年5月27日撮影)
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哲学者の道から望む。 緑の中にたたずむハイデルベルク城・ネッカー川に架かるカールテオドール橋・オレンジ色の街並みが調和して美しい。
(2006年5月27日撮影)
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哲学者の道から望む。 カールテオドール橋と町並み。
(2006年5月27日撮影)
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哲学者の道からカールテオドール橋に下る細い急な坂道。 ゲーテもこの細い道を歩いたに違いない。
(2006年5月27日撮影)
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カールテオドール橋から哲学者の道(山の中腹)を望む。
(2006年5月27日撮影)
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カールテオドール橋の上から、旧市街側の橋のたもとに建つブリュッケン・トーア(白壁の2つの橋塔)と防衛施設の一部であった城門(正面)を望む。 橋塔の部屋は昔牢獄として使われていたと言う。 カールテオドールの像は、シートで覆われ修理中だった。 右側のピンクの建物がホテル・ホレンダーホーフ。
(2006年5月27日撮影)
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ブロンズ製のブリュッケン・アッフェ(橋の猿)像が見える。
(2006年5月27日撮影)
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マルクト広場からカールテオドール橋を望む。 ブリュッケン・トーアと城門が見える。
(2006年5月27日撮影)
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ハイデルベルク城からの眺め。
(2006年5月27日撮影)
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城の中庭。
(2006年5月27日撮影)
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建物内部はガイドツアーで見学できる。
(2006年5月27日撮影)
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この駅はドイツでは珍しく、コンクリート造りの最近の建物。
(2006年5月27日撮影)
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ハイデルベルクから都市間特急IC2390でフランクフルトに着いた。 ここからヴュルツブルクとシュタイナッハで乗換え、ローテンブルクに向かう。
(2006年5月27日撮影)
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国際都市間特急ウィーン西駅行きEC23に乗り、ヴュルツブルクで又乗り換える。
(2006年5月27日撮影)
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ローテンブルクに近づくと車窓は一面の菜の花畑。
(2006年5月27日撮影)
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ロマンティックホテル・マルクストゥルムの窓から、近所の建物を望む。 木組みの柱に漆喰の壁と赤い瓦屋根がローテンブルクのシンボル。
(2006年5月28日撮影)
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ロマンティックホテル・マルクストゥルム。 中世の建物の一部を利用している。
(2006年5月28日撮影)
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中世の人形が飾られたショウウィンドウ。
(2006年5月28日撮影)
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マルクト広場。 市庁舎の左側に高さ60mの鐘楼が見える。
(2006年5月28日撮影)
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中世風の建物
(2006年5月28日撮影)
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ブルク門から城壁の外に出るとこの塔があった。
(2006年5月28日撮影)
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ブルク門から城壁の外に出て、タウバー川沿いにタウバーリビエラ(散歩道)を行くとドッペル橋に出る。 ローテンブルクで最もきれいな風景。
(2006年5月28日撮影)
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ローテンブルクの正式名は、タウバー川から見上げた高台の上にある赤い町(城)と言う意味。 城壁の上を歩いて赤い屋根を見る。
(2006年5月28日撮影)
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コボルツェラー門から再び城壁内に入る。 この辺りの風景が最もローテンブルクらしいといわれている。
(2006年5月28日撮影)
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右が市庁舎。 市庁舎の前のテントでイチゴを買う。
(2006年5月28日撮影)
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改修中で入場できず。
(2006年5月28日撮影)
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石畳の広場を馬車が走る。
(2006年5月28日撮影)
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ロマンティック街道(ローテンブルクからホーエンシュヴァンガウへ)
ローテンブルクを12:45に発車したヨーロッパバスは、13:35分にディンケルスビュールに到着、聖ゲオルク教会の近くで約30分間停車。 手工業や交易で繁栄した自由都市で城壁に囲まれている。 更に40分ほどバスは走り、1500万年前に隕石が落下してできた盆地にあるネルトリンゲンという町に停車した。 ここも城塞都市。
(2006年5月28日撮影)
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車窓は一面の菜の花畑。
(2006年5月28日撮影)
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街道沿いの村。
(2006年5月28日撮影)
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16:25アウグスブルクに停車。 アウグスブルクは紀元前15年ローマ人によって建設された。 滋賀県長浜市と姉妹都市。
(2006年5月28日撮影)
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右手奥がドイツ・ルネッサンスを代表する建築と言われる市庁舎。 正面の塔が1182年に建てられたペルラッハ塔。
(2006年5月28日撮影)
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アウグスブルクを16:45に発車したバスは、ホーエンシュヴァンガウのホテルミュラーの前に定刻の18:50に到着。 雨が降ってきた。
(2006年5月28日撮影)
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マリエン橋より望む。 バイエルン国王ルートヴィッヒ2世が、17年の歳月と巨費を投じて19世紀後半に完成した。
(2006年5月29日撮影)
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マリエン橋からその下にある滝を望む。
(2006年5月29日撮影)
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もともとあった木製の手摺の橋を、ノイシュヴァンシュタイン城の建設中に、ルートヴィッヒ2世によって今日の鉄製の橋に架け替えられた。 ノイシュヴァンシュタイン城は、ここからの眺めが一番良い。
(2006年5月29日撮影)
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シュヴァンガウ村からシャトルバスが出ている。 マリエン橋は直ぐそば。 城までは徒歩約15分。
(2006年5月29日撮影)
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マリエン橋からの山道から望む。
(2006年5月29日撮影)
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城へのアプローチ。
(2006年5月29日撮影)
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城の入口。
(2006年5月29日撮影)
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城の正門。
(2006年5月29日撮影)
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城の窓から望む。
(2006年5月29日撮影)
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城の窓から望む。
(2006年5月29日撮影)
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シュヴァンガウ村のホテル近くから望む。 修理中。
(2006年5月29日撮影)
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ホテル・ミュラーの近くから、城に登る馬車が出ている。
(2006年5月29日撮影)
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シュヴァンガウ村から望む。
(2006年5月29日撮影)
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ホテル・ミュラーの窓からの眺め。
(2006年5月29日撮影)
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小さな田舎の駅。 ここからミュンヘン経由ザルツブルクに向かう。 ドイツともこれでお別れ。
(2006年5月29日撮影)
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