世界の言語を幾つも知っているわけではないが、例えば英語などと比べて日本語が優れている点の一つは、文章を構成する節や句の並べ方に制約が無く、述語を最後に置くという点以外は、主語と修飾語の順序は自由であるということだと私は思っている。 一方、この自由度があるが故に、どのような語順にするのが読者にとって最も読みやすく理解しやすいかを、常に配慮して文章を書かねばならない。
以下の例文は、その下に示した24通りの異なった文章に書き換えることができ、何れも正しい日本文である。 しかし、何れが最も読みやすく、すらすらと自然に頭に入る文章であるかを選択することが、文章を書く上で最も重要であり、また悩むところでもある。
(例) 雨が降っていたにもかかわらず、傘もささずに自転車で彼は出かけた。
この文を分解すると下記のように、A,B,C,D 4個の修飾語(主語を含む)が1個の述語に係っていることが分かる。
A.雨が降っていたにもかかわらず(→出かけた。)
B.傘もささずに(→出かけた。)
C.自転車で(→出かけた。)
D.彼は(→出かけた。)
即ち、A,B,C,D 4個の修飾語(主語を含む)の語順は自由に選ぶことができ、この場合は4の階乗(4!)に相当する24通りの、修飾語(主語を含む)の並べ方が異なる文章を書くことができる。
但し、ここで注目すべき点は、これら24通りの文章の意味は全く同じではなく、読点(とうてん)を打つ位置を変えることによって筆者の意思を表わし、意味を微妙に変化させることができるということである。
以下の例では、夫々の修飾語の区切りを分かり易くするために、読点を打ってはならない場合、若しくは読点を省略した方が読みやすくなる場合も含めて、すべての修飾語(主語を含む)の後に読点を打った。
1.雨が降っていたにもかかわらず、傘もささずに、自転車で、彼は出かけた。
2.雨が降っていたにもかかわらず、傘もささずに、彼は、自転車で出かけた。
3.雨が降っていたにもかかわらず、自転車で、傘もささずに、彼は出かけた。
4.雨が降っていたにもかかわらず、自転車で、彼は、傘もささずに出かけた。
5.雨が降っていたにもかかわらず、彼は、傘もささずに、自転車で出かけた。
6.雨が降っていたにもかかわらず、彼は、自転車で、傘もささずに出かけた。
7.傘もささずに、雨が降っていたにもかかわらず、自転車で、彼は出かけた。
8.傘もささずに、雨が降っていたにもかかわらず、彼は、自転車で出かけた。
9.傘もささずに、自転車で、雨が降っていたにもかかわらず、彼は出かけた。
10.傘もささずに、自転車で、彼は、雨が降っていたにもかかわらず出かけた。
11.傘もささずに、彼は、雨が降っていたにもかかわらず、自転車で出かけた。
12.傘もささずに、彼は、自転車で、雨が降っていたにもかかわらず出かけた。
13.自転車で、雨が降っていたにもかかわらず、傘もささずに、彼は出かけた。
14.自転車で、雨が降っていたにもかかわらず、彼は、傘もささずに出かけた。
15.自転車で、傘もささずに、雨が降っていたにもかかわらず、彼は出かけた。
16.自転車で、傘もささずに、彼は、雨が降っていたにもかかわらず出かけた。
17.自転車で、彼は、雨が降っていたにもかかわらず、傘もささずに出かけた。
18.自転車で、彼は、傘もささずに、雨が降っていたにもかかわらず出かけた。
19.彼は、雨が降っていたにもかかわらず、傘もささずに、自転車で出かけた。
20.彼は、雨が降っていたにもかかわらず、自転車で、傘もささずに出かけた。
21.彼は、傘もささずに、雨が降っていたにもかかわらず、自転車で出かけた。
22.彼は、傘もささずに、自転車で、雨が降っていたにもかかわらず出かけた。
23.彼は、自転車で、雨が降っていたにもかかわらず、傘もささずに出かけた。
24.彼は、自転車で、傘もささずに、雨が降っていたにもかかわらず出かけた。
上記の例は修飾語(主語を含む)が4個の場合であるが、長文になればなるほど修飾語(主語を含む)の数が増えて、書き換えができる文章の数も飛躍的に多くなり、例えば、修飾語(主語を含む)の数が5個の場合は120(5!)通り、6個の場合は720(6!)通りとなる。
読み易い文章を書くための語順と読点の打ち方については、学校でも習った覚えは無く、適切な指針となる法則のようなものが無いか以前から探していたところ、20年ほど前に、本多勝一(元朝日新聞記者)著『日本語の作文技術』と言う本にめぐり合った。 この本によって、それまで文章を書くときいつも悩んでいた疑問が、ほぼ解決したような気がした。 その概要は下記のようなものである。
1. 修飾語の順序(原則)
1) 節を先に句を後に置く。
2) 長い修飾語(句)ほど先に、短いほど後に置く。
3) 大きな状況・重要な内容ほど先に置く。
4) 親和度が強い内容ほど先に置く。
特に2)が重要。
2. 読点の打ち方(原則)
1) 長い修飾語(句)が2つ以上あるとき、その境界に読点を打つ。
本多氏(著者)は、動詞を含んだ述部を文の中心と考え、この述部と『係り受け』の関係でつながるすべての句を修飾語と考える。
述部を説明する修飾語が長い場合に限り、修飾語の境界(前の修飾語の後)に読点を打つ。 最後に置かれる述部直前の修飾語と述部との境界には、読点は不要な場合が多く、また各修飾語がそれほど長くないときは、読点を省略した方が良い場合が多いと述べている。
前述の例文では、『長い修飾語(句)ほど先に、短いほど後に置く』という原則に基づき、下記のような並べ方が最も読み易く、後半の修飾語(B,C,D)は長くないので読点は省略した方が良いことになる。 但し、修飾語が長いか長くないかは書き手の判断による。
(例)雨が降っていたにもかかわらず、傘もささずに自転車で彼は出かけた。
A.雨が降っていたにもかかわらず(→出かけた。)
B.傘もささずに(→出かけた。)
C.自転車で(→出かけた。)
D.彼は(→出かけた。)
2)
原則的語順が逆順の場合に読点を打つ。
本多氏は、修飾語の並べ方の順序について『最も自然な語順』(読んでいて抵抗無く頭に入る語順)があると提唱している。 即ち前述第1項の修飾語の順序(原則)1)と2)に従った文章が『最も自然な語順』と考え、これに反する順序を逆順と考える。
前述の例文では、下記のようになる。
(例)最も自然な語順:
雨が降っていたにもかかわらず、傘もささずに自転車で彼は出かけた。
(例)逆順の場合:
彼は、雨が降っていたにもかかわらず、傘もささずに自転車で出かけた。
「彼は」を先に置く場合は、逆順になるので「彼は」の後に読点を打つ。
3) 作者が特別な意味を込めて打つ自由な読点。
この自由な読点によって、「文章にさまざまな個性が生ずる」と本多氏は言っている。 「いい加減な読点はあってはならない」とも述べている。
著名な小説家の文章にも読み易いものもあれば、何度も読み直さないと理解し難いものもある。 読点の打ち方についても千差万別で、修飾語(主語を含む)ごとに読点を打っているものもあれば、句の区切り以外は殆ど読点を打っていないものもある。 概して前者は小説に多く、後者は新聞(1面記事及び社説など)に多い。 小説は読み易さよりも著者の個性が重視される傾向にある一方、新聞は読み易さ・理解のし易さに主眼が置かれており、本多氏の言う『最も自然な語順』で書かれている文章が多いように思われる。 又、読点の多い文章は、区切りごとに意味を読み取る速読を対象としている新聞には向いていないかもしれない。
同じ箇所を読み直さないと内容が理解できない文章は、書いてある内容がいくら良くても読者は疲れてしまう。 読み進むにつれて、内容がすらすらと自然に頭に入ってくる文章が優れていると私は思う。 一方で、読者が、書いてある内容を脳裏で反芻し、文章の奥深いところにある真の意味を把握するために、読むことを一時中断して、改めて読み返したくなるような、含蓄のある文章を書けるようになりたいと私は思っている。
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